幻の米「亀の尾」への恋を実らせ、地元の人が誇れる日本酒を醸し続けている、鯉川酒造。伝説の米として語り継がれていた亀の尾の復活のエピソードは、新潟の造り酒屋を舞台にした漫画「夏子の酒」がドラマ化されたことで一躍有名になりました。
しかし、実は亀の尾の原産地は鯉川酒造が拠点を構える山形県庄内町。亀の尾の発見者である阿部亀治翁も旧余目町の出身です。鯉川酒造はその阿部翁の子孫から直接種籾を譲り受け、まずは米作りを開始。農薬を多用する現代農法に徹底的に合わない亀の尾に手を焼きながらも、昭和58年から亀の尾を使った純米酒を作り続けています。
自家栽培している亀の尾の他に、つや姫や美山錦など、鯉川酒造が扱う米は地元山形県産のものばかり。その理由は、鯉川酒造11代目当主の佐藤一良さんの人生に隠されていました。
実は佐藤さんは造り酒屋の生まれながら、ソムリエ協会のソムリエ資格を有するほどのワイン通。大学卒業後にはアルコールメーカーに11年間勤め、フランスやアメリカのワイン生産者たちとも親交を深めました。
その交流の中で気付いたのが「ワインとは、自分の故郷を想う酒だ」ということ。各国の有名なワイナリーに行くと、必ず自社のブドウ畑を最初に見せて説明をする。土地の人に「どこのワインが一番おいしい?」と聞くと、みな揃って「俺たちのワインだ」と答える。地元の人が地元のワインに誇りを持っていることに感銘を受けたのだそうです。
それは佐藤さんに「やはり酒造りも地元の米で、地元の水で、一番いい酒を作ることが最善なのではないか」と考えさせるには十分な動機でした。
現在、山形県酒造組合の副会長であり、GI(Geographical Identification)担当者でもある佐藤さんは、全国に先駆けて山形県単位でGIを取得しました。日本酒の産地ごとの魅力を外国人に訴求し、「山形の酒はうまい」といち早く海外で認識してもらうための戦略です。
ワインと温度の蜜月関係を身を持って知っていた佐藤さんは、それを日本酒にも応用しようと考えました。ヒントを求め蔵元交流会にも参加し、たどり着いたのが「辛口の純米酒を熟成させて、燗で飲む」というスタイル。
「亀の尾の酒は2年ほど熟成させると、甘みのある香りが出てきて格段に美味しくなります。うちの酒に限らずとも、その酒に合った飲み方や料理との組み合わせを考えたい。そういうのって素敵じゃないですか」と優しく語る佐藤さん。知名度を全国に広げた地元庄内のイタリアンレストラン「アル・ケッチァーノ」の奥田政行シェフが信頼を寄せ、冷製パスタにも合わせられる酒を佐藤さんの手に任せているのも頷けます。
そして現在、東京農業大学の醸造学科を卒業した佐藤さんの息子さんも戻ってきて、蔵には新しく力強い風が吹き始めています。「酒蔵家になるとその代その代で自分のポリシーが出ます。僕がワインに出会って、故郷の米である亀の尾と熟成酒の燗というやり方で自分を表現したように、息子にも自分なりの表現を見つけて、のびのびとやってほしい」
美酒と美食を愛し、その魅力を最大限に引き出すために、どんな垣根も国境もゆうゆうと超えていく佐藤さんの姿に、地元庄内の食文化がますます豊かに栄えてゆく未来を予感しました。
写真提供:鯉川酒造株式会社